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「誇り」について その6 ~ついでながら2~

 続けてジグメ首相は、日本からの取材陣に対して次のように言う。『ブータンの人々の心の中には、自分が何者であるかという感覚が非常に強く存在するのです。そして今、我々は発展過程においてある段階に到達しました。ブータン人が自分自身を誇りに思う根拠を持つようになったのです。たとえば、あなた方は日本人だが、私たちの国にやってきて、ブータンの人たちと同じ服装をしています。そういうあなた方の行動をブータンの若者たちが見て、誇りに思い、幸せな気持ちになるのです。そして非常に多くのテレビ局や外国の人々がブータンを訪れ、我々の文化に価値を見いだすようになれば、ブータンの人々は自国の文化や自国の在り方を守ることに対し、より大きな責任を感じるようになるでしょう』
 「幸福感」の背景には「自らの存在に対する誇り」や「自らが帰属する文化に対する誇り」がある、ということはこれまでもこの稿で述べてきたことであるが、ここでもそれが雄弁に語られていることに着目したい。

 経済的な発展や拡大・成長を追い求めることは、本当に人々の幸福のために役立つのか?誇り高く生きることにつながるのか?また豊かな生き方につながるのか?逆に失われたり損なわれたりしていることはないのか?等々ブータンのGNHの考え方から学ぶべきことは多いが、私たちと同じ東洋の国の中に、このように独自の考え方を打ち立てて誇りをもって豊かに生きている人々の国がある、ということについて私たちはもっと注目して良い。
 この考えの提唱者であるワンチュク国王は、
『自分が提唱したことになっているこの標語が、色々な方面から注目されはじめたのは嬉しいが、一人歩きをしている感じもする。(中略)幸福(happiness)というのは非常に主観的なもので、個人差がある。
だからそれは、政府の方針とはなりえない。私が意図したことは、むしろ「充足(contentedness)」である。
それは、ある目的に向かって努力するとき、そしてそれが達成されたときに、誰もが感じることである。
この充足感をもてることが、人間にとってもっとも大切なことである。
私が目標としていることは、ブータン国民一人一人が、ブータン人として生きることを誇りに思い、自分の人生に充足感を持つことである。』と言っている。

 国王はじめスタートして3ヶ月に満たない行政府が、こうしたことを理念として掲げ提唱し、国民と共にその道を一途に歩んでいるからこそ、国民の多くが「幸せ」を実感できているのだろう。
 若者の多くも、西洋の便利さを知った上で『やはりブータンが一番』と吐露する。電力もなく、靴も履かず、道路もなかった状態から急激に変化しているとは言え、先進国から比べれば科学的にも経済的にも物質的にも遅れているように見えるのだが、遅れているのではない。あえて遅らせているのだ。
それは不必要な拡大・成長・発展をすることで大切なものが損なわれることの危うさを知っているからに他ならない。

 日本の取材チームがジグメ首相に『ブータンから学ぶべきことは多い。そのことについて考える上で何かヒントになることがあれば教えて欲しい』と質問した際の答えにもそれがよく表れている。
 その答えとは、『ブータンと日本は非常に異なります。開発の尺度でいえば、ブータンは最底辺、あなたがたは天辺にいるのでしょう。ブータンが人間社会として価値や人間関係という点で手にしているものは、あなたがた日本人がかつては手にしていた何かなのです。私が思うには、日本は経済的に成長し大国になり、世界でも最も繁栄した国のひとつになった一方で、豊かさや力を享受する段階に到達し、だからこそ今、過去を振り返る理由があるのです。ブータンとGNHに目を向けるだけでなく、過去の日本を振り返るということです。経済発展を遂げる過程で独自の価値や伝統や慣習の多くを失ってしまった日本を見つめ直すのです。ブータンに目を向けるだけでなく、自分自身に注目してください』というものである。
 ここには既に「先進国・途上国」という枠組みで考えていては何も解決はしませんよ、という強いメッセージがある。しかも、発展・成長する過程であなた方が失ってしまった貴重なものを私たちは未だ手にすることができている、という自負を背景にして「多くを失ってしまったのだから、早くそのことに気づくべきだ、答えはあなた方の中にある」と示唆しているのだ。もっと言えば、そうであるのにまだ他の国の成功例の中に、答え(あるいはヒント)を見つけ出そうとしているのかという厳しい指摘がなされているのだ。

【この稿続く】

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