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3D映像への懸念

 3D映画が話題になったかと思えば、もう3Dのテレビが市販され始めたらしい。
 テレビの方はともかく、映画の中にはこれまで必要だった立体映像を見るためのメガネが不要なものもあり、それがまた3D映画の普及に拍車をかけているのだろう。
 しかし、必要以上の立体感を強調した映像を短時間ならまだしも、2時間近くも見続けることが神経や身体に悪い影響を及ぼさないのだろうか。そのような危険性はないという確たる医学的な検証は済んでいるのだろうか。
 
 私たちは普段の生活の中では、当然3次元の世界を見ているので視覚神経はそれに対応した処理をしながら反応し動作していると思われるが、ことさらに「飛び出す」「飛び込む」刺激を強調した映像を見続けることで“普段の生活では体験しにくい”映像に反応しきれず、神経系統に障害をきたすのではないかと懸念を抱かざるを得ない。
 映画やテレビだけではない、ゲーム機にも3D技術を応用したものが出現しているというではないか。日常的に長時間そのような映像に接していたら、障害だけでなく人間がもともと持っていた想像力の減衰にまで影響が及ぼされるのではないかとますます心配が募ってきた。

 そんなことを考えていたら、ブログ記事の中に次のような記事を見つけた。
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 映画「アバター」の3D上映(IMAXではない)を見ましたが、目の奥に違和感を感じたと思ったら、しばらくして激しい頭痛にみまわれ、同時に気分も悪くなって、映画の間中トイレに行こうか迷っている状態でした。ずっと目の奥がキリキリと痛むし吐き気も出てきました。
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 やはり心配は杞憂ではなかったのだ。目に疲労を感じるといったようななまやさしいものではなく、頭痛や吐き気まで起きるというのだ。
 日常生活では経験しない新しい知覚経験によって脳に負担がかかり、頭痛や吐き気が起きるのではないかと思われるが、テレビが3D対応となり、日常的にテレビで放映される番組の多くが3D映像となれば、映画の比ではない様々な障害が生じるのではないかと思われてならない。
 それと併せて心配なのは、想像力に及ぼす影響だ。私たちはこれまで2次元の映像を鑑賞しても、日常的に経験している3次元の世界に置き換えて想像してきたはずだ。
 3Dの映像に接するときは、2次元の映像を想像力によって置き換える必要から解放される。解放されることで懸念されるのは、その能力を喪失してしまうのではないかということだ。

 人間は進化の過程で多くの能力を失ってきた。
 文字を手に入れることで多くを長期間にわたって記憶する力を失い、快適な温度や湿度を容易に確保できるエアコンという便利な機器を手に入れることで体温を調節する自律神経の働きを衰弱させるなど、能力の進化や便利さと引き替えに捨て去ってきたものの多さは枚挙に暇がない。
 刺激の強い、いわば強制的な3D映像に接し続けることで、2次元の映像を3次元に置き換える“想像”という作業から免れることで、想像する必要から解き放たれ、それに馴れることでその能力を失ってしまうのではないかと懸念されるのだ。
 映像を想像で補う力の喪失だけならまだしも、読書の際に“描かれていない”行間にある何事かを想像する力や、会話の際に相手の言外に含まれる思いに心を致す洞察する力などの喪失が予想されるとすればそのことの方がずっと懸念されるのだ。
 テクノロジーの開発は歓迎すべきことだと思う一方で、そのテクノロジーが人間に及ぼす影響についてもっと臆病であって良いのではないかと思われてならない。
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